「人間関係の究極の体系化」なのか?? →→【【孫子の兵法】】で短レビュー、『泣いて馬謖を斬る』≪街亭の戦い≫  


横山光輝三国志大百科 永久保存版

【諸葛 亮(しょかつ りょう、拼音: Zhūgě Liàng ジューガー リァン、181年 - 234年)】は、中国後漢末期から三国時代蜀漢の政治家・軍師。字は孔明(こうめい)。


【馬 謖(ば しょく、190年 - 228年)】は、中国後漢末期から三国時代にかけての武将。字は幼常。荊州襄陽郡宜城県の出身。兄は馬良(四男)。その他の兄の名は不明。襄陽の名家であった「馬氏の五常」の五男(末子)。



【街亭の戦い(がいていのたたかい)】は、中国の三国時代における、魏と蜀による街亭(現在の甘粛省天水市秦安県)での戦い。228年、張郃が指揮を執る魏軍が、馬謖が指揮を執る蜀軍を破った。この戦いで破れた蜀軍は全軍撤退を余儀なくされ、第1次北伐は失敗に終わった。

【街亭の戦い】
戦争:街亭の戦い
年月日:228年
場所:街亭(現在の甘粛省天水市秦安県)
結果:蜀が一時、天水・南安・安定を支配成功、しかし街亭で大破され、蜀の第一次北伐失敗。

交戦勢力
【魏】
曹真
張郃
郭淮
「戦力=五万(推定数)」

【蜀】
諸葛亮
馬謖
高翔
趙雲
「戦力=六万(推定数)」


孫子の兵法】を参考に三国志の『街亭の戦い』を短くレビューしてみたいと思います。


中田さんの解説解りやすいです
↓↓
https://m.youtube.com/watch?v=0kq3IGSM3jQ


孫子
・「勢とは利に因りて権を制するなり」

 
 計、利として以って聴かるれば、すなわちこれが勢をなして、以ってその外を佐く。勢とは利に因りて権を制するなり。

→(「勢(情況にしたがい、臨機応変に対応すること)」を把握して、基本条件を補強することである。)


つまり「基本と応用」が重要って意味で、奥深い考え方がうかがえます。



「街亭の戦い」では、【馬謖】は孫子の「およそ軍は高きを好みて下きを悪む」と兵法通り原則に忠実に、この戦いでは布陣の時に高所を選んだ。


しかし結果はというと、敵将「張郃」は「馬謖」が山の上に布陣した時、すかさず取り囲み、水や兵糧の補給線を断ち、持久戦に持ち込まれた「馬謖」は飢え死にから逃れようと下山したところ、待ち構えていた敵将の餌食になってしまった。


馬謖」は【諸葛亮】の命を受けた初陣の将軍で、今回基本には忠実だったが、実戦経験には欠け、「応用力」が欠けた戦いでもって命運を分けてしまったともいえる。


ちなみに【馬謖】は→【馬良(※白眉※最も良しと言われた戦略家)】を兄に持ち、馬謖自身も、戦略面では諸葛亮に過去に数々の助言を行い、その手腕を買われるまでになっていたのですが…


※白眉(はくび)とは、中国の故事成語のひとつ。数ある優れたものの中でも、特に優れているものや人の例え。


ところで【諸葛亮】はというとあくまでも「軍法律」が必須と考え、この愛弟子【馬謖】さえも法律の例外の前例となるを恐れ、泣く泣く処刑したそうです。



諸葛亮】については、自身優れた「戦略家」であると同時に優れた「政治家」とも言われていて、今回の戦いにおいても「法」を徹底しているのが見られます。



例えば、『孫子』の「五事七計」では、

「七つの基本条件」の項で


その二、君主は、どちらが立派な政治を行っているか。

その四、法令は、どちらが徹底しているか。

を『諸葛亮』はきちんと死守しており、
「戦略」、
「政治」、
「法令」。
の三位一体の思想体系の重要性を強く感じます。


(『孫子の兵法』は私にはとても難しいのですが…)


まんがで身につく 孫子の兵法
*1


ブログランキングやってます‼
↓↓↓
にほんブログ村 ライフスタイルブログへ
にほんブログ村

PVアクセスランキング にほんブログ村

*1:Business Comic Series

家で出来る!!【無酸素運動】と【有酸素運動】(個人的にやっている『準・高負荷運動』と軽い『有酸素運動』について):Case1=(『体幹』を鍛える)

f:id:shohaku:20200105134301j:plain
無酸素運動(むさんそうんどう、Anaerobics)とは、有酸素運動ではない運動であり、以下の2種類を含む。

乳酸系 - 解糖系により、グリコーゲンを酸素を使わずに乳酸に分解し、エネルギーを生成させる。陸上競技のロングスプリントと呼ばれる400メートル競走や中距離走は主にこれをエネルギー源とする。
非乳酸系 - 、クレアチンリン酸(Creatine phosphate:CP)の分解によりADPからの無酸素的なATPの生成に使われ、ATPをエネルギー源とする瞬発力。陸上競技の100メートル競走では、主にこれをエネルギー源とする。
詳細は有酸素運動を参照。


有酸素運動(ゆうさんそうんどう、Aerobic exercise、Cardio workout)とは、好気的代謝によってヘモグロビンを得るため長時間継続可能な軽度または中程度の負荷の運動をいう[1]。 それに対し無酸素運動とは嫌気的代謝によって酸素の供給が逼迫した状態でも一時的にエネルギーを得る高負荷の運動をいう。ただし体内に蓄積した嫌気的代謝の生成物である乳酸は有酸素運動と同じくTCA回路で代謝されるので結果的には同じ代謝である。:wikipedia出典】



今、個人的に私生活で僕がやっているいわゆる「家で手軽に出来る」!!
【準・高負荷運動】と
有酸素運動】について
シンプルにまとめてみることにします。




≪今回はおもに『高負荷運動について』です。≫





家で出来る!!【高負荷運動】の内容:
プランク』と『ジョギング』


プランク
:最近流行っている体幹を鍛える筋トレの一種です。



僕は当初プランクについてはあまり詳しくは知らなかったんですが、たまたま

マンガ(『ゼロの日常』:原作 青山剛昌、画 新井隆広、サンデーコミックススペシャル)

を読んでいて、プランク体幹をダイレクトに鍛えやすい筋トレ(無酸素運動)だと判断し、

体幹自体の鍛練が可能なら→人間のベースとなる素養が少しは付くのでは??と感じて)

興味が湧き、情報収集してから早速!始めてみました。


マンガの主人公が「プランク」を軽く説明しています
↓↓

名探偵コナン ゼロの日常 (4) (少年サンデーコミックススペシャル)


経過報告について:
何種類もある『プランク』のなかで一番簡素なスタイルバージョンの筋トレから

「ワンクール:30秒間」で始めてみました。

30秒間×2セット→30秒間×3セット→30秒間×4セット

といった具合に毎日徐々に負荷を上げていきました。


結果、感想はというと、1セットでも結構キツイのですが、腰回りも若干スッキリし、スクワットなどをする時なども腰の重さはかなり軽い心持ちがします。

プランクの鍛え方のレベルには上には上がありますが、かなり体幹の鍛練にはなってきたと思います。
以前より基盤のある基本的な思考習慣が少しできるようになってきた気もします。


しかし、一日間で結構筋力も元に戻る気がします。
個人差や運動量によりますが、できれば毎日やれれば理想的かもしれません。「プランク」は僕自身3ヶ月位ほぼ毎日やってますが、一日の負荷量が多く、やり過ぎの時はさすがに身体がカチコチになってしまい、さすがにこれには驚いてしまい、今では

「クオリティ」より「継続」重視で、

一日に「1セット~2セット」位の範囲でコツコツ調整中です。


初心者向け「プランク」動画
↓↓
https://m.youtube.com/watch?v=NHYQKnK5V1A



家の周辺で軽く運動‼
≪ジョギング≫
:なぜジョギングが「高負荷運動」?と思われるかもしれないですが、
例えば、ジョギング約40分間の間でも、ややゆったりめで走る(有酸素運動)、 その合間かなりきついくらいのダッシュ無酸素運動)を取り入れて、
(緩→急→緩→急)交互にやることで
やや簡素なメンタルトレーニングの鍛練も兼ねてます。
高負荷運動については身体を壊さない程度だったら、肌つやや頭皮などにも良いらしいですし、なによりもダッシュ自体はジョギングを含んでやっても結構爽快な気分になります‼ 
緩→急で運動のメリハリもつきますし、運動がやりやすく感じました。



:今回は僕が個人的にやっている比較的割りと始めやすい、

いわゆる初歩的な≪高負荷の運動≫について

書きました。


ご拝読の皆さんありがとうございました。



予定では、次回は引き続き、
有酸素運動について≫
私見識と経過報告を織りまぜて書こうと考えています。



ブログランキングやっています‼
↓↓↓
PVアクセスランキング にほんブログ村

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

今個人的に読んでる「小説」(冒険小説含む)を独断で短レビュー→【幾つかのみ】

【冒険小説(ぼうけんしょうせつ):とは、冒険的要素を主たる属性とする小説。
素材としては、歴史的な事件、戦争や革命、秘境などを背景とし、SFや推理小説(ミステリ)、スパイ小説、海洋冒険小説・山岳冒険小説の要素や、それらに関わる壮大なアクションを盛り込んだものも多い。

本来の冒険小説は、敢て未知の危険を冒す主人公に特徴があり、その典型は『カサノヴァ自伝』や『トム・ソーヤーの冒険』である。しかしながら、中世ロマン小説における遍歴物語からの影響もあり、場所の移動や探索をメインプロットとする自発的な探検小説や、受動的な遭難・漂流小説も含まれる。特に日本では、一般に冒険と探検とが混同されがちである。:(以下抜粋。wikipedia出典】


『視野が、より狭まってきていると想ったら冒険小説を読め』とある書籍の著者が言っていたのを思い出したとき、小説を思わず手に取り、そして数ページだけ読んだりします。



(正確な実際の著者の発言は、『金を儲けたければ、冒険小説を読め』です。うろ覚えで記憶してました)


:「貧乏は完治する病気である」天野雅博…著


貧乏は完治する病気 ~金持ちになるための劇的な思考法~


独断で幾つか挙げてみました。(軽くレビューします)



三銃士 上 (角川文庫)

≪三銃士≫(アレクサンドル・デュマ著):
いわゆる歴史冒険小説。
17世紀、フランスの国王ルイ十三世の時代が舞台。主人公ダルタニャンはとにかく情熱家の銃士で、ときには智略をここぞとめぐらしたり、敵対するリシュリュー枢機卿の配下猛者へ勇猛果敢に剣先をかわしたり。


三銃士とは「アトス」、「アラミス」、「ポルトス」の三人を指す。三銃士とダルタニャンとの交流、友情など、フェアかつ礼儀正しく義理堅い精神のつながりもある。


ダルタニャン自身は恋愛ポジションを取る場面も。国王ルイ十三世の銃士隊隊長トレヴィルのもとで三銃士とダルタニャンの四人はおもに活躍する。


:(1987年にNHKでアニメ化もされた。いわゆるいわくつきのアニメ。アレクサンドル・デュマのその他の著書は『モンテ・クリスト伯爵』など(ディーン・フジオカ主演で最近ドラマ化)

アニメ三銃士 コンプリート DVD-BOX (全52話, 1300分) ダルタニャン物語 三銃士 アニメ [DVD] [Import] [PAL, 再生環境をご確認ください]



燃えよ剣(上) (新潮文庫)


燃えよ剣≫(司馬遼太郎著):
いわゆる幕末もの。江戸幕府新撰組が登場する長編小説。新撰組副長として剣に生き剣に死んだ男、土方歳三の華麗なまでに頑な生涯を描く。
歳三の剣と相手の剣のさばき合いや間合いの描写でものすごい緊張感が伝わってくる。
≪三銃士≫が騎士道なら≪燃えよ剣≫は武士道といったテイスティング


:(司馬遼太郎の他の著書では『竜馬がゆく』など多数の話題作がある。著者の作品は大多数ドラマ化等されている。)


シャーロック・ホームズの冒険 【新訳版】 シャーロック・ホームズ・シリーズ (創元推理文庫)


シャーロック・ホームズの冒険≫(コナン・ドイル著):
いわゆる探偵もの。産業革命の19世紀のイギリスの首都ロンドンが舞台。主人公シャーロックのロールモデルは複数存在し、最も著名なモデルは著者コナン・ドイル医学生時代の先生であるジョゼフ・ベル教授。


医者の手法である「観察→推理→検証」といった科学的捜査を小説に取り入れ、シャーロックは帰納的推理を駆使し、コンサルティング探偵として、助手のジョン・ワトスンと一緒に数々の事件を解決に導く。

:(シャーロック・ホームズの冒険は、最近ではディーン・フジオカ主演でドラマ化など、映像化等大多数。)



今回取り挙げたのは三冊だけ、しかも結構な王道小説あたりをチョイスしてしまったと思います。レビューもまあ(笑)


ランキングやってます
↓↓↓
PVアクセスランキング にほんブログ村

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

遠い国の不幸せ、対岸の火事なのか??(とんねるず「情けねえ」より)


絶滅黒髪少女 通常盤Type-B


【秋元 康(あきもと やすし、】1958年5月2日 - )は、日本の音楽プロデューサー、作詞家、映画監督、放送作家。東京都渋谷区に在住している[注 1]。妻は元アイドルの高井麻巳子である。株式会社秋元康事務所に所属している[注 2]。

AKB48グループや坂道シリーズのプロデューサーで、ほぼ全ての楽曲の作詞をし、番組の企画構成やドラマの脚本なども手掛ける。日本映画監督協会会員[2]。2010年6月、日本放送作家協会理事長に就任[3]。2020年東京オリンピックパラリンピック競技大会組織委員会理事[4]。2016年4月、代々木アニメーション学院名誉学院長兼総合プロデューサーに就任[5]。 :wikipedia出典】


アニメじゃない〜夢を忘れた古い地球人よ

※注※ 記事はおもにスマートフォン向け様式で書いてます


今回は開き直ってぶっちゃけながら大まかに「秋元康」さんについて僕の語り口で説明をまじえて余談していこうかと想います。


秋元康さんについては、
僕が学生の頃くらいの時に、

クリスマスキャロルの頃には」(vo.稲垣潤一)の作詞や、

もう誰も愛さない」(vo.郷ひろみ:ドラマの初代「刑事貴族」エンディングテーマ曲、兼本編主役)の作詞を当時に担当されていたらしく、どちらとも作詞のセリフ、言い回しなどがなんとなく華麗だな…と思って聴いていました。


また、当時のドラマで、「家族A」(主演:野村宏伸他)では、現実的で生活感のある「人間模様の苦悩」を描いた内容について、
僕は『やけにこのドラマだけリアリティがあって斬新的』とか想いながら楽しみに観てました(視聴率は低迷し、TVドラマは途中打ち切り)、

その「家族A」のTVドラマの脚本も秋元氏が当時に手がけてたらしく。



僕は取り分け、秋元氏フリークって訳でもないのですが…2003年頃に興味を持ってしまい購入した書籍がたまたま秋元康さんの人生論みたいな本でした(確か…タイトルが「君はそんなに弱くない」って感じのタイトルでした、なんとなく『タイトルに魅了されて手に取りました‼』みたいな)


結構前に流行った秋元康氏原作の「着信アリ」というサスぺンス作品も、菊川玲主演で深夜に連続TVドラマとしても放送されていた当時に僕はハマり、展開が2転、3転と、めまぐるしく、 
最終回まで息つく間もなかったからか没頭し、毎週魅入ってました。


着信アリ


沢山知ってる人はいると思いますが秋元氏はAKBグループのプロデューサーや作詞などを手がけていて、作詞の節々で様々な問題提起を現在に数々してらっしゃるみたいですね💧💦


僕はそこまでAKBとかは特に詳しくないのですが、

例えば欅坂46の『サイレントマジョリティー』
↓↓↓

https://m.youtube.com/watch?v=DeGkiItB9d8


サイレント・マジョリティ】(英: silent majority)あるいは静かな大衆(しずかなたいしゅう)[1]とは、「物言わぬ多数派」という意味。積極的な発言行為をしないが大多数である勢力のこと。

対義語は少数派だが声が大きく、要求の中身を知らないか無関心な多数派が静かであることを利用して政治家や自治体、企業などにサイレント・マジョリティに不利益になる要求を飲ませる又は飲ませようとする人々を意味するノイジー・マイノリティまたはラウド・マイノリティ[2]。:wikipedia出典より】


この歌詞は正直笑えないです、痛いところをガンガン突いてくるような…

言うだけなら言えてしまいますが。(秋元氏を特に非難しているって意味ではないですが)

まあ実践が大事ってことでしょうけどこれは難しい内容だなと思います。

皆さんならどう想いますか――??


ブログランキングやってます‼
↓↓
PVアクセスランキング にほんブログ村

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

【2記事目リポーティング】平和記念資料館へと…道中の小談話

f:id:shohaku:20190906122931j:plain

↑↑
【ホワイトパノラマ】
原子爆弾が落ちる瞬間等の状態を投下する側からCG等で再現映像化。実際に原子爆弾の投下前と投下後の街の状態変化などが上空視点から仮想観察できる)


広島平和記念資料館】(ひろしまへいわきねんしりょうかん)は、広島県広島市中区に所在する博物館(平和博物館)である。「原爆資料館」(げんばくしりょうかん / もしくは「平和資料館」)とも称される。 :wikipedia出典



…さて早速8月某日に平和記念資料館へと結局は3人で行くことになり、豊田くん(仮名)と僕と(某NPO法人の)理事長とで、
(おおよそはと言うと、このブログの『ブレインストーミング』時の面子で)


豊田くんの住むマンションへ理事長と僕で向かうことに。

あまりにも暑いので、途中スーパー店に寄り、大きめのドリンクを2本ほど買い、豊田くんの一室の前へ行くと豊田くんがドアを開けてくれて中へ入れてくれた。


豊田くんの部屋で皆はドリンクを飲みながら、少し雑談して、「平和記念資料館」最寄駅につながるモノレール電車の駅へと皆で自転車で向かうことで意見が合意した。


それで、早速行こうという時に、豊田くんのマンションの駐輪場にある自転車の片方一輪内の空気が丸々抜けている。→❓

豊田くんはバイク好きな性質なのも相まって、自前の「パンク修理スペア一式」をさがすが、無い💧→❓




たまたま隣近所にフランチャイズメーカーの自転車屋さんがあるらしく、(今はちょうど夏のお盆期間だけど)心持ち楽観視しながら店へ行くと期間限定で閉店中。→❓

とりあえず「豊田くん」は原付バイクで行き、この地域の最寄り駅で集合することにした。


マッカーサーを叱った男 白州次郎ほか
↓↓

NHK「その時歴史が動いた」コミック版 経済立国編 (ホーム社漫画文庫)


…(神経質な話だけども、僕は何かどことなく嫌な予感がよぎった。)
この「平和記念資料館」へと行く『目的』はというと、

「僕と豊田くん」の 「独善的でかつ、エゴイスティック、傲慢でいて、感謝の気持ちの足りない、いわば自己中心的な性分や、生活習慣による視野の狭さ、自己執着性といった生き辛い生き方」の「改善」のため、


→「平和の意識」の学習や見直しの考え方でもってして、

(『平和でこそ』成り立っている日本の社会構造や、就労による生活の営みの有り難さ)からの
→「感謝する姿勢の習慣化」

→「それらの性分」の視野の拡大

→「自己執着性」から→「他者への思いやり」


を多少なりともの『意識改革』を狙っての「行事」や「イベント」としての



≪平和学習≫なのである。(威張って言うほどのものじゃないけれど)

(もちろん、「平和の尊さ」や「戦争について」の個々の再認識等も今回の目的です)


NHKドラマスペシャル 白洲次郎 DVD-BOX


「僕」も『それらの性分、悪癖』については悪い意味合いでも結構当てはまるのだけれども、
「豊田くん」については『それらの性分』が更に顕著に視られていて、彼は今までは、『エゴイスティックなものや快楽なものなるイベントなど』は喜んで来るのだけれど、『机上の平和学習』とか『他人の手伝い』は途中で投げ出したり、断るといった対応がかなり多い傾向があったし、


数日前、前回の≪平和記念資料館≫への誘い自体には、彼には実際のところ特に理由もなく断られているので、今回も「彼は行くはず無い」のでこちらからは誘うという発想すらなかったくらいだった。

だから、彼が「行く」という事については「僕」も正直結構驚いたし、彼が≪平和記念資料館≫へ行くのが、この時も不思議な感覚がしたし、(あくまでも主観的な見方では)『彼が行く』イメージ自体が全く湧いてこなかった。(少し大袈裟かもだけど)


僕は「どうせ今回も『事』の途中で、帰りたいとか、だるいとか言うのでは」ぐらいにしか彼に対しては思ってなかった。(失礼ないい方だけど。まあ、あくまでも僕の「主観」な観方ですので。僕も人の事をあんま言えんないし)



それで…「自転車の❓」の一連の流れを観ていると
→「彼の宿業(カルマみたいなもの?)」が
→彼の「改善のための対象行為やアプローチ」をとことん邪魔しているよう?)にも思えた。彼を取り巻くその時点での一連の心地悪い流れがなんとなく奇妙な状況に思えた。

確かにそんな感じの予兆的な出来事についてはというと、
「自分自身に対して」は普段からたまには体験するものなんだけれど、眼前で、他人の『予兆』みたいなものをまざまざと観せられる光景は僕には珍しく映った。



「この『予兆』はきっと彼の試練で、クリアしたら、もし乗り切ったら『善い変化なるもの』がおよそ待っているのではないか」とか、
「外部の現象自体そのもの『予兆』自体については、彼のずっと心の奥底の『反発心』が表面化している物証なのではないか」などと勝手にその時僕は思っていた。(今思えば少し僕が神経過敏だっただけの話なのかな…)



彼に「バイクの運転には気を付けてね!」とひと言言ってから、僕と理事長は自転車でその地域の最寄り駅までと向かっていった。


…記事も長くなってきていますがその≪平和記念資料館≫へいく我々のアクションは思ったより、実際には道程がどことなく長く感じられた。



※※≪平和記念資料館≫の内幕、現場では実際に声を上げ、泣いたりする方々もたくさんおられるし、ショックのあまり寝込みそうな姿勢の方々もたくさんおられます…
…あくまでも仮定な言い方をしてしまえば、そういった『えもいわれぬ情念が噴き出す場所』もこの世には様々なかたちで存在しうるでしょうし、そういった『情念の噴き出場所』や『あまりに過酷な過ぎる容赦ない悲劇』を今後においても実在させてはならない…確かにそう言うだけなら簡単です。出来るだけ行動で平和というものを具現化していくにはどうすればいいのか?  

実際に我々はどうしたらいいのでしょう?※※



≪次回は原爆ドーム前から移動をし→平和記念資料館内でのお話しに触れていきたいです。それでは。また次回ご機会がありましたら‼≫


ブログランキング
↓↓
PVアクセスランキング にほんブログ村

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

平和記念資料館へ‼  【諸国との狭間で】

f:id:shohaku:20190830164248j:plain


広島平和記念資料館】(ひろしまへいわきねんしりょうかん)は、広島県広島市中区に所在する博物館(平和博物館)である。「原爆資料館」(げんばくしりょうかん / もしくは「平和資料館」)とも称される。

広島平和記念資料館
Hiroshima Peace Memorial Museum

f:id:shohaku:20190830153833p:plain


f:id:shohaku:20190830154054p:plain


f:id:shohaku:20190830154258p:plain


wikipedia出典



201x年、夏、8月某日にて広島の「平和記念資料館」に行ってきました。


広島は私の地元です。(とにもかくにも。)



実は…この「平和記念資料館」。私が小学生時のいわゆる『平和学習』の授業内で「行かされた」頃以来の行動先とも言えるのです(恥ずかしながら…地元であるのに人生2度目の来館となります。この場所は。)



さて、この「平和」についての問題は、それ自体がスケールが果てしなく、かつかなり難解で影響力の大きいテーマであるので、


ここでは、あくまでも「【私】のシンプルな主観論と率直な感想」と「行きと帰り道においての雑話」のみに《焦点》を絞って淡々と記述していこうと思います。


よってスケールの大きく、繊細かつ重大性のある「平和論」や「戦争問題」等の世界規模なる問題やテーマについては、正直私一人には『手に負えない』ですし、事が事でありますので、あくまでも


「私のプライベートな日常の一日での出来事」

と参考程度に呟いてるとでも解釈して頂けることに了承を得られると踏みまして、やはり淡々と記述させて頂きます。



さてさてこの「平和記念資料館」に私が行こうと思った発端はというと、


まず
たまたまTVを観ていて、観た当時の時事問題の『日韓間の貿易問題においてのインタビュー』で日本在住の韓国のかた2~3人の、


日本製品に対しての見識や意見が、皆さん共々に、実に「論理的」かつ「個々人の意見や意思が明確」なことにあらためて私がショックを受けてしまったことです。(なんか今更ってな見解ですが



TVの街頭インタビューの記者の『日韓貿易問題』に対しての質問
「日本に売ってる製品に対しての購買意欲に変化はありますか?」
「あなたたちは買う量に増減の変化はありましたか?」など。

街頭のインタビュー時の、日本在住の韓国出身の人達(2~3人位)は、質問に対するお答えかたが日本人のご返答の仕方と、極めて違いが見られるし、そのご返答内容自体が、まさに『人間の尊厳の実存を感じさせ、意思をもった自分一人自身の意見』の明確さがより強く私の眼には映ったからです。


https://m.youtube.com/watch?v=c_4RnNsMXLM


その当時のTVインタビューでの韓国のかたの※ご返答の内容※は、事細かくは思い出せませんが、諸々のデータ等や皆さんのご見識の一般論からにもってしても、私と多少意見が重なるかたもおられるかも知れません。(韓国のかたが外国のかたである事実っていうのもあります、私たち日本人からの観点の価値観の違い等にも見解は異なるでしょうし、勿論、韓国のかた自体に対する見識も賛否両論あるとは思いますが。まあ、ここの記事ではポイントはあくまでも


《きちんと主張できる自我を確立しているパーソナリティーとしての韓国の方々の側面》

のみに重点を置いて話を進めます。




NHK「その時歴史が動いた」コミック版 昭和史 戦争への道編 (ホーム社漫画文庫)



なので、私としては

⇒『きちんと確立された自我パーソナリティー』から

⇒『緊張感のある国土での暮らしぶり』
     (イコール) 
⇒『緊張感=生命として、自覚している危機感情』

⇒『(他外国においての)徴兵の制度の義務化の存在』(※徴兵制ではない軍事制度の国々も多々あるでしょうが※)

というニュアンスで感じとり、「日本にも自衛隊はあるけれども、他外国の様に『(仮想としての)軍事訓練の(仮想としての)義務化』は例えばの話であるが、存在していても良いのではないだろうか」と例えばですが少し思ったのです。(もちろん『例えば』の話です)




ただ、一般『日本人』のパーソナリティーと軍事訓練義務づけ制度の存在のある『諸外国人』の パーソナリティーに私がただ、劣等感を感じたと言えばそれまでの事なのです。(もちろん戦争肯定等をしているわけでもありません。)



そのTVインタビューを見た時期タイミングで、私自身は『自分がどうありたいか』とか『自分がどうしたいか』や『利他心』とか『倫理』について断片的になんとなく考えていたん時期でしたが、それらについてある種の限界を感じていた部分も実のところありました。それらの限界の半分領域くらいを軍事制度等その他に責任転嫁していた事実もあると言うとなれば、それはそれで否定できません。



その私の心理状態がそのTVインタビューの内容とたまたま時期的にシンクロナイズしてしまい、普段よりさらに『パーソナリティー』についてその時期は敏感に反応しすぎたのかも知れないです。


とにかく、

⇒「平和都市 広島」が

⇒『戦争を忘れかけている 広島」に観えて

⇒「戦争を忘れた人達(一部の人?)」

⇒「(平和の感覚の源泉である)比較の対象そのものを、良くも悪くも失ってしまった状態での、平和視点」に感覚が移行してきている?

⇒「現状は、日本においては、平和という認識自体がわからない人が逆に増えてきている傾向があるのではないか?(良くも悪くもないが『必然的、自然的な展開においての流れで』」

と私には近年において益々感じるようになってきており、特に被爆地広島という場所においては、



「平和であるという感覚の理解度合について」
《あくまでも悲観的に『仮説する』とすれば》、


⇒『今のところ戦争もなく、実際に平和だけれども平和である自覚自体がなんとなく理解できてなさそうな日本』
⇒『その日本のなかの更に平和状態が強めの(平和ズレの様な)広島』という悲観的仮説の観測から
⇒『更に平和な広島⇒平和の感覚自体がより理解しづらくなっている県』


という様相を呈してきていて、平和に対する認知能力や自覚度合いや感覚度合い等が、全体的に県内で減少してきている傾向が若干あるのではないか(?)
(世代別でもまた感覚度合については違いがありそうですが。仮定です)


とあ・く・ま・で・も、仮説自体そのものを、『自身の主観性に限定』し、『自身だけが思い込んでしまっていそうな、そういった例題』だけを、『自身だけの根拠の上に位置』付けて、


『平和である状態の感覚』に対しての比較基準対象物がもしあるとしたらこの「平和記念資料館」くらいしかない⇒それは日本では広島あたりにしかない⇒この場所はパーソナリティーの魂の源泉である参考文献がある貴重な場所かもしれない
と、不純な自己啓発的な考えで「平和記念資料館」へと早速早いうちにでも行こうかな、と考えが至るのです…


燃えよ剣 全2巻 完結セット (新潮文庫)


もちろん『平和の橋渡し世代』としての役割と、平和の実現化と継続化の責務を負い、かつ願いつつ、それら『平和主義の貴重さ』を原点とした考えを中心に置いた上での話です。では。いつ行こうかなと私は計画を練り始めます…(行くだけにしてはやや大げさですが)


話が長引いてしまいましたが、

∥∥次回は∥∥
 …しかるべく、複数人でいざ久々平和の地へと足を踏み入れる。



※注※ 記事の内容に一部、倫理観点がやや少なめでの表現があるかもしれない事をお詫びします。なおあくまでもこの記事自体が主観性の要素が強く、仮説や仮定、例え、比喩や暗喩を用いた独自の内容を中心にして描いて作成しており、また、個人的な意見の正当性を訴えたりするところの記事ではありません。第三者のかたがたの価値観や権利を侵したりするものではないところの創作物ですので、それを踏まえて記事を構成しております。読まれるかたはこれらの点にご注意され、くれぐれも内容についてはご容赦の程を宜しくお願いします。ありがとうございました。※


~ブログのランキングやってます~
↓↓
PVアクセスランキング にほんブログ村

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

「かまいたちの夜」で終わった…夏・なつ


ヴィドック 消えた令嬢を追え LBXS-204 [DVD]

【ウジェーヌ=フランソワ・ヴィドック】(Eugène François Vidocq、1775年7月23日 - 1857年5月11日)はフランスの犯罪者で、パリ警察の密偵となり、国家警察パリ地区犯罪捜査局を創設し初代局長となる。後に世界初の探偵になる。:wikipedia出典】


今回はミステリーについて軽く小話します。

「フランソワ・ヴィドック」という人物は実在した人物で、


・「三銃士」の著者デュマや

・「モルグ街の殺人」の著者エドガー・アラン・ポー(←日本の推理小説家『江戸川乱歩』の由来となった著者)

・「怪盗紳士ルパン」のフランスの著者モーリス・ルブラン(モーリスと言う名前は名探偵コナンに出る『毛利小五郎』の由来名)

・「緋色の研究」の著者コナン・ドイル(コナンという名は『名探偵コナン』に使われた)

と少なくともこの四人の著者の「小説構想の原点となる影響を与えたモデルとなった人物」といわれていて、

他にも「レ・ミゼラブル」の登場人物ジャン・バルジャンのモデルケースにもなったとも言われる程、すごい影響力のあった「フランソワ・ヴィドック


ヴィドック」は小さい頃から自分の店のレジの盗みはしょっちゅうやるし、若い頃からあちこちの国々の軍隊を行き来しては、詐欺のような金儲けばかりやったりしては何度も刑務所に入れられたりするんですが、手口があまりにも器用で犯罪スキルに長けており、後にフランス警察に実力をかなり買われて、警察協力で数々の功績を残して、


最終的に「ヴィドック」は独立して
世界初の探偵事務所を立ち上げることとなるのでかなりすごいらしいのです。(「ヴィドック」についての説明はかなり端折りましたが。)



かまいたちの夜×3 三日月島事件の真相

話はガラリと変わり、僕が子供の頃に「かまいたちの夜」というゲームにはまった事があったのですが、初代の「かまいたちの夜」(当時はスーパーファミコンのソフト)は内容が際立って残酷で、なおかつ登場人物の「顔や姿」が「透けている」、いわゆる登場人物全員がただの『青い影のシルエット』。(しかも、当時のミステリーゲーム業界初期に採用された「サウンドノベル」式ミステリーゲームらしいです)

その「サウンドノベル」方式と登場人物の「青い影シルエット」等のコラボした映像が恐い恐い…(恐い内容部分の表現はかなり端折りますが)
f:id:shohaku:20190806201746j:plain
(中略)
初代の「かまいたちの夜」があまりに怖かったので、感動してしまい、

『このゲームの原作者とかは居るのかな?』

と思ってこのゲームの監修の方々を見ると、一応の原作者は「我孫子武丸」という推理小説家のお名前が…(名前自体もわざとなのか恐い)


それで、その「我孫子武丸」さんの既出作品がオススメとしてご丁寧に、そのゲーム説明書の裏面あたりに紹介してありました。


我孫子」氏のオススメ推理小説は幾つか紹介してあったが、

《殺戮にいたる病》という推理小説紹介が目に止まった。

《殺戮にいたる病》のレビューが、

確か…うろ覚えなのですが

『この本はとにかく恐い、残虐さではこれはやり過ぎな内容なので、トラウマなどの症状が心配な人は読まない方が良い』
とあります。


殺戮にいたる病 (講談社文庫)

でも誘惑に負け、その後で《殺戮にいたる病》を購入、読破する。


ひと言感想→『内容は…恐いというよりは気持ち悪くてしょうがない。内容があまりにもグロいし、読後はかなりのショックで気分がすぐれなかった。(当時での)倫理的に限界の内容表現がヤバいなと思った。…まあ、もし今読んだらそんなに気持ち悪くはないかもしれない。倫理面でも今では内容的にもアリかも。』


(後日談)今から数年前に、ふとコンビニで、「我孫子」氏原作のマンガ「監禁探偵」を見掛け、興味本意でつい購入してしまうのである


監禁探偵

ひと言感想→『実に見事なロジックの推理劇‼』(のちに映画化もされる。「夏菜」主演とかで)



以上読んでいただいてありがとうございました。(色々と省略多くてすみません)

ブログのランキングやってます
↓↓
PVアクセスランキング にほんブログ村

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村